1人では抱えきれなくなったので少しだけ吐き出したい。これを読んだみんながほんの少しずつこの気持ちを持って行ってくれることを願う。
今日、祖母が亡くなった。
19時過ぎに仕事が終わって、帰っていた。
もともと少し疲れがたまっていた。
コロナの影響で4連休に大阪に行く予定が頓挫した。
コロナの影響でいつもの仕事がイレギュラー対応になった。
コロナの影響で仕事が増えた。
続く雨模様で気分が沈んでいた。
知らない土地で友達がいない。
友達を作ろうにも、コロナで外出ができない。
昇進して立場が変わって、責任も増えた。
それでも生徒の前では気丈に振る舞わなければならなかった。
明るく振る舞い、変な笑顔を見せた。
マスクのおかげで引きつった頬は見えなかったと思う。
そんなこんなで少し滅入っていた。
そんな中で仕事でかなり大きなミスをした。
いや、正しくはミスをしたと思っていた。
実際はミスなどしていなかったので、結果的にはよかった。
結果的には良かったが、ミスをしていなかったとわかるまでの焦りはすごかった。
今の職場で僕は最高責任者なので、誰にも頼ることはできない。
本部にはもちろん僕よりも偉い人がいるので、その人に救いを求めた。
しかし、オンラインで救難信号を出すのは勇気がいる。
その人が今何をしていて、どんなタスクを抱えていて、どれくらい忙しいのかまったくわからない状況で、こちらの都合によってのみ相手の時間を奪ってしまう罪悪感。
自分が出来損ないなせいで迷惑をかけると思うと、とてもつらい気持ちになった。
それでもミスから目を背ければ、時間が経てば、もっと大きなミスになる。
そう思って勇気を振り絞って救難信号を出した。
その偉い人は何一つ文句を言わず、教えてくれた。
それがまた苦しかった。
少しでも叱責してくれようものなら、この罪悪感への罰として幾分は心が楽になったかもしれない。
優しく丁寧に嫌味も言わず教えてくれるもんだから、より一層、自分の無能さが際立った。
冗談交じりに「情報が拾えてないなー、そんなんで大丈夫かー?」と言ってくれたが、僕は気の利いた返事のひとつもできずに、ただただ受け入れ、謝った。
それが異質に映ったのか、冗談のようなものは、それ以上、何も言ってこなかった。
質問を繰り返し、自分の仕事を繰り返し見つめ、ミスがないことがわかったとき、安堵で涙が溢れそうになった。
その頃はもう僕以外は全員帰っていたので、誰に見られることもなかったが、意地かプライドか、グッと堪えた。
19時過ぎに僕も帰途についた。
外は小雨が降っていた。
帰りながら聞いている音楽のボリュームをひとつあげて、僕は世界から分離した。
環境から音を切り離して、目線は足元の少し先、歩くペースを一定にして、帰った。
この世はつらい。仏陀もそう言ってた。
帰りにスーパーに寄った。
夜ご飯を作る気力はなかったのでお弁当をひとつ買った。半額になっていた。
洗濯用洗剤がなくなっていたので、それも買った。
世界から分離したままだったので、他の買い物客がいたのかさえわからない。
レジは無人レジを利用した。人との会話は心が消耗する。感情が磨耗する。
スーパーを出るとスマホが鳴った。
着信音のために、世界から分離するための音楽が消えて、現実に引き戻された。
親父だった。
「さっき、ばあちゃんが亡くなった。」
19時過ぎに息を引き取ったらしい。
仕事が終わったころだ。
「帰ってこなくていいからな。とてもじゃないが帰ってこれる距離じゃないだろう。盆に帰るならそのときに線香をあげなさい。」
生返事をして電話を切った。
ばあちゃんが死んだ。さっき。ついさっき。
思ったほど悲しくはなかった。
春ごろに祖母が倒れた連絡は受けていた。
そう長くはないとも聞いていた。
長くて今年中だろうと聞いていた。
お盆に一目会えるかなと思っていたが、叶わなかった。
帰りながら色々と考えた。
小さいころ、祖母と一緒に遊んだ記憶。
宿題を見てもらっていたこと。
おやつを作ってくれたこと。
一緒につくしを取りに行ったこと。
近所のおばさんと井戸端会議をしていたこと。
年中土いじりをしてたくさんの野菜を作っていたこと。
いつも履いていたモンペ。
いつも履いていたサンダル。
いつも着ていた割烹着。
手ぬぐい。杖。笑顔。不安げな顔。悲しそうな顔。
思い出しても悲しくはならなかった。
悲しもうとするのは、祖母に対して失礼だと思った。
祖母は晩年、生きるのがつらいと言っていた。
僕が大学生になって、遠方で一人暮らしを始めてから、年に数日しか会わなくなった。
その数日でさえ、毎日のように祖母と親父は口喧嘩をしていた。
年に数日でその調子なら、きっと毎日のように口喧嘩をしていたのだろう。
生きるのがつらい、こんな人生はもう嫌だ、と独り言を言うようになっていた。
それに対して僕は何も言えなかった。
擁護をするでもなく、慰めるでもなく、何もしなかった。
別にそのことは悔いていない。
それは当人の問題であり、口出しをすべきことではないと思っていた。今でもそう思う。
家に着いて、スーパーで買った弁当を食べた。
半額の味がした。
悲しくはなかったが、少しだけ泣いておいた。
呼吸はもう苦しくない。
アインシュタインの人