仮説トイレ

わかられた…

久しぶりにコンビニに行った話

みんなに「ブログ作ったので好き勝手に書いてください」と振っておきながら自らはなかなか記事を上げない女こと、ミルトンです。

こういう ○○こと××です。みたいなブログの古典的な構文、めっっっちゃ興奮する…。

 

このブログを作ってからというもの、ここに上がった記事を読みながら完全に楽しくなってしまっている。

私はただただブログが好きなんだよな。読むのも書くのも含めてブログという文化を最高だと思っているので、最高が最高を呼んでいる状況にぶち上がるしかないんですよね。

読むだけでかなり満足していたんですが、「呑気に読んでねえでテメェも書きやがれ」と各方面からの声が幻聴となって聞こえてくるのでそろそろ私も書きたいと思います。

 

本題はタイトルの通りなんですが、久しぶりにコンビニに行った話をします。

いや、この話、これ以上広がる?大丈夫?という一抹の不安を感じるのはかなり分かるのですが最後まで諦めずに読んでください。

 

私は紹介文にも書いたようにそのへんのOLなので、そのへんでひとり暮らしをしています。

まず、断言します。ひとり暮らしはパラダイスでありカーニバルであると。

将来の夢は「ひとり暮らし」だったくらいに憧れていて、実際に暮らし始めてからも困ることは何一つなくとにかく楽しい毎日です。ひとり暮らしではないことがもう考えられない。私、あなた抜きじゃいられないの…って感じです。そんな感情は生まれてこの方 一度も抱いたことはないが。

 

ひとり暮らしをすると、たいていの場合は自分の食事を自分で用意しなければなりません。最初の頃は張り切って毎食自炊をしていました。夜帰って晩ご飯+翌日の昼ご飯(お弁当にして職場に持っていく)を作るという生活。料理は好きだから負担では無かったのだけど、仕事が忙しくなってくるとともに気力が消失し自炊の頻度が低くなっていきました。

 

そんな時につい縋ってしまうのがコンビニ。疲れている時に買ってすぐ食べられるのがただひたすらに魅力的ですよね。

忙しくなってくるとルーティン通りに進めた方が上手くいく、というのは社会人になって得た知恵なわけですが、暮らしもそうなんですよね。

仕事終わる→そのままコンビニへ→晩ご飯と炭酸飲料(夏は毎日炭酸飲料を飲む妖怪と化す)を買う→帰宅して食べる という毎日の繰り返し。考えずにできるような単純な仕組み作り。思考を停止しても動ける体にすること。それが我社の社訓。

 

話が脱線してきましたが、そんな日々を過ごす中でいよいよヤバイしどうにかしろよと思い直して今は簡単な自炊生活に戻りつつあります。

で、昼も夜もコンビニに行かない生活を一ヶ月くらい続けていたのですが「どうしても肉が食べたい!お腹空いた!いますぐ肉を用意しろ!」という気持ちになってしまったのでふらりとコンビニに寄ってしまいました。

 

 

コンビニって、つい色んな物を買ってしまい、結果めっちゃ高くつきますね。

 

 

これが結論です。ただこれが言いたかっただけ。なに?これまでの文章はなに?日本在住の人間のほとんどが周知の事実を、なぜわざわざ1000字以上の文章を読んでから改めて聞かされなければならなかったのか。諦めずに最後まで読んでくれた人に失礼だとは思わなかったのか。努力は必ず報われるのではないのか。山田さんはなぜモテる趣味の話から信号機本体がモテる話にすり替えてしまったのか。さやねえはなぜ西野カナのように震え続けるのか。モリオカはなぜ黒歴史の闇がマリアナ海溝よりも深いのか。床下さんは天邪鬼の権化なのか。ぺけさんは信号機の何なのか。アインシュタインの人はパリピくせえ人間のことを嫌いすぎるだろ。花丸木は、まじで、幸せになってください。そんでnxyさんはなんでアフロなんだよ!

 

勢いあまって、ブログの感想を述べてしまいました。ここのブログのテンションが未だに掴めずにいるのですが大丈夫でしょうか。助けてください。

 

個人でもはてなブログを書いており、そこでは思ったことや感じたことをだらだらと書き連ねています。そちらの内容と被らないように、ここでは毎回軽くテーマを絞って書いていきたいと思います。

よろしくお願いします。何卒。