「まだ野球やってんのか、ご苦労なこって」
『ノックは?』
「野球だけに」
『ドアの』
「鍵閉めろよ」
『ウイスキー片手に何の用だよ』
「バーボンだよ」
『バーボンが小分類だよ』
「バドワイザーとブトバーは別もんだろ」
『例えになってないよ』
「じゃあシャンパンとスパークリングワイン」
『何の用だって』
「ムカついてんだよ」
『何に』
「母親に」
『何で』
「ブルボンがさ、潰れたんだってさ」
『は?』
「ブルボン」
『フェットチーネグミの?』
「いや、俺の地元にある老舗の洋菓子屋」
『そう言え』
「母親はブルボンの近くの高校に通ってたらしくて、高校時代は放課後に友達とよく行ってたらしいんだよ」
『へぇ』
「でも大学に入ってからは街中で遊ぶようになって、ブルボンは街中からちょっと外れてるから行かなくなったんだと」
『ほぅ』
「で、父親と出会って、セックスして、俺が生まれて今に至るわけだが、ずっと行ってないと」
『セックスをピックアップするなよ』
「物語にセックスは必須」
『映画監督志望か?』
「とにかく、高校以来行ってないんだよ、ブルボンには」
「で、つい先日、閉店したことを知ったわけだ」
『で?』
「それを伝えた後、母親は俺に何て言ったと思う?」
『さぁ?』
「呑気に、こんなことなら行っておけば良かったなぁ、だってよ」
『ふーん』
「ムカつくだろ?」
『全然』
「はぁ~~分かってねえなお前、ていうかこの部屋コップ無いか?」
『紙製なら』
「じゃ、献杯」
『誰か死んだっけ?』
「日本経済」
『息はしてるよ』
「将来死ぬことが分かってるもんは死んだも同然だよ」
『じゃあ俺たちにも』
「そう、献杯」
『何でムカついてるんだ』
「いやムカつくだろ、高校以来一度も行ってないんだぞ」
『青春の思い出の地なんだろ』
「でも、ステークホルダーだ」
『は?』
「思い出の地なのは分かるよ、思い出の地が無くなることへのエモも勿論分かる、でもステークホルダーだ」
『利害関係者?』
「ブルボンはボランティアで洋菓子屋を営んでるわけじゃねえ、客に金貰って菓子作ってんだ」
『そうだけど』
「だから、客の思い出になってるだけじゃ店はやっていけねえじゃん、足繁く通ってくれないと」
『まぁ』
「母親が通わなくなったから、母親と同じように思い出にしとくだけの奴らがたくさんいたから、ブルボンは潰れたんじゃねえのか?」
『うーん』
「それを、こんなことなら~って潰れた後に呑気に言ってることに腹が立ったんだよ」
「死んだ後にあれこれ言ったってしょうがねえし、失ったもんは戻らないし、だからこそ大切なもんを守るんだろ?!?!」
『…熱いな』
「俺はいつでもアツい漢だろ」
『いや、喉が』
「すまんがチェイサーは用意してない」
「何かの映画でも主役が言ってたよ、50年後にあの時乗っておけばって後悔したくないだろ?って」
『微妙な作品だからってタイトル伏せなくていいんだぞ』
「微妙じゃねえよ!微妙だったらあんなに続編が出るわけねえ」
『バイオハザードは?』
「アクションが良い」
『本当に動きしか観てないな』
『ブルボンのことだが』
「あぁ」
『それでもやっぱり俺はムカつかないよ』
「何でだよ」
『新垣結衣が主役だから』
「は?」
『君にもあるんじゃないか、ブルボンと母親みたいなことが』
「いや、俺は絶対にそんな不義理はしねえ!」
『してるよ、人間だから』
「9年付き合ってる彼女がいる俺がそんなことすると思うか?」
『最近、あの高いチャリ乗ってないだろ』
「まぁな」
『たかが通勤用なのに、何日もネットで調べて、その結果玄人好みな10万越えのピストバイク』
「俺はナメられたくないんだよ」
『最近乗ってないそのカッコいいピストバイク、明日乗ろうとして駐輪場に向かうとする』
「あぁ」
『そこには無残にもグシャグシャにひしゃげたピストバイクが』
「おいおい」
『やった奴は誰だと思うかもしれないがそんなの見つけれっこ無い、その後に君はどう思うんだろうな』
「…」
『こんなことならもっと乗ってやれば、ちゃんと部屋の中にしまっておけば』
「…それは」
『そういうことだよ』
「うーーーむ」
『人1人の大切にできる範囲ってのは決まってて、大きさは人それぞれだけど、無限の奴なんかいない』
「まあ円の範囲も人それぞれだしなぁ」
『今週のハンターハンター良かったぞ』
「俺は単行本派」
『ハンターハンターはそれが正解』
『むしろ良かったなと思うよ』
「何が」
『母親』
「何で」
『ブルボンが抽選から外れるくらい、大切なもんが多いってことじゃん、外れたブルボンには悪いが』
「円がめちゃくちゃ狭いだけかも」
『息子にそんな話してくるんだから、家族のことは大切にしてるんだろ』
「…臭いな」
『酒入ってるから』
「アルコールと屁の臭いに相関関係あんのか?」
『帰れ』
「お、母親からライン」
『なんて?』
「…ブルボンの閉店、店主の急死によりだって」
『そうか』
「経営不振じゃなかったのか」
『そりゃそうだ』
「そりゃそうか」
『じゃ、もう一回』
「あ?」
『ブルボンの店主に』
「あぁ、そうな、献杯」