仮説トイレ

わかられた…

選定

本日もよろしくお願いいたします。

今回はTwitterにて【募集】ブログネタと呼びかけたところ、我がブログでは1度しか顔を出したことのないHappy Flyerさんから「出生前診断」とのリプライがきました。なかなかに物議を醸しそうなテーマですね。即決です。

 

まずは出生前診断とは何かについてからお話をしましょう。

と言っても僕も曖昧な知識しか持っていないので軽く調べました。

簡単に述べると、子どもが生まれる前にその子どもが障害や先天性の疾患を持っていないかを調べるというものです。出生前診断には多くの方法がありますが、これによって遺伝性の疾患や染色体異常による障害などがわかる、ぐらいの認識でいいでしょう。

これの問題点は「出生前診断の時期によっては診断結果を見てから中絶をすることが可能である」点にあります。大袈裟に言えば生命の選定をすることが可能なわけです。

綺麗事を言えば、障害や病気なんて関係ない、すべての命には価値があり生きる権利が保障されるべき、という感じですが、まあ、言うのは簡単ですよね。

ただ、現実はそんなに甘くないです。

染色体異常によって生まれる子どもはダウン症になります。その心労は計り知れません。仕事をすることもできず、世話にかかりっきりになり、その世話をする子どもはどれだけ成長しても言葉による意思の疎通が難しく、治療に膨大なお金がかかり、周囲からは奇異なものを見る目で見られ、近所の人からは噂をされ……。そのすべてを我が子への愛情だけで跳ね返せる人はそう多くないでしょう。

 

 

さて、みなさんはどうですか?もし、出生前診断を受けて、もし、染色体異常が見つかったら、みなさんはどうしますか?

 

 

僕は、綺麗事はあまり好きではありません。ですが、生命の選定を行うのも人道を外れた行為であるようには思います。

 

これは本当に難しい問題です。

 

 

なんで出生前診断について書いてこんなに心を悩ませなきゃならねんだ。許さねえHappy Flyer。

 

 

しかし、愚痴をこぼしても結論を出さなきゃブログが終われないので結論を出しましょう。

 

僕は状況によります。障害を持った我が子に費やせるほどの潤沢なお金があり、サポートできるほどの時間が作れる仕事に就き、嫁がそれで納得してくれるなら、目一杯の愛情を注ぎましょう。

どれかひとつでも欠けていれば、涙を飲んで中絶の選択を取ります。愛はあらゆる活動の源ですが、愛だけでは人はあまりにも無力すぎるので。

そして芽吹いてくれた命に敬意を表し、自分の無力さに対しての謝罪とともに手厚く供養をします。

 

そんなところでしょうか。

難しい話なので様々な意見があるとは思いますが、僕はその意見を聞く気はないので貴方の心にそっとしまいこんでください。

 

短いですが、今回はこのへんで。

 

 

 

アインシュタインの人