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本当に朝はパン♫パンパパン♫なのか

100の質問

10. 朝ごはんは米派?パン派?

 

A. おかず派

 

物事の順序は人によって異なる。

原因が先に来る人間がいれば、結果が先に来る人間もいる。

 

 

 

好きな食べ物は最初に食うか最後に食うか

 

アーティストは詞と曲どちらを先に作るのか

 

仕事を片してから遊びたいのか遊んでから仕事をしたいのか

 

夏休みの宿題は最初に片付けるかギリギリに仕上げるのか

 

 

 

 

床下も例外なく物事には自分好みの順序を決めている。

 

 

好きな食べ物は最後に食うし

 

もし自分がアーティストになるなら詞を先に書きたいし

 

仕事してから遊びたいし

 

夏休みの宿題は終ぞ出さなかった

 

 

 

それらと同じように、朝ごはんに関してあくまで主食を先に考える義務は全くない。

何故なら、朝ごはんというのは主食だけで完成されている食事ではないから。

 

「俺は米派だ!!!!!!!!」

 

といくら声高らかに言っている人間がいたとしても

 

「じゃあ、はい朝ごはん」

 

と一杯の白米だけを食卓に並べられたらたまったもんじゃないはずだ。

 

 

そう、朝ごはんにはいつだって付け合わせやおかずが必要だ。

 

 

 

そもそもこれは完全な主観なのだが、食事をするときに主食に対して食欲が湧くものだろうか?

 

床下にも「米を食べたいなぁ」と思うときはあることにはあるが、それはあくまで「(青椒肉絲をおかずに)米を食べたいなあ」であって、米単体に対して欲望を掻き立てられたりはしない。

 

おかずがあるからこそ主食の美味さが引き立つのであって、主食は単体で輝けるスター選手などでは決してないのだ。

 

 

だから床下は米派でもパン派でもない。

朝起きて、焼き魚が食べたいと思ったら米を選ぶし、ベーコンエッグがいいなと思ったらパンを選ぶ。

 

 

 

世の中には順序が決められているようで決められていない物事がいくつも存在していて、それらは人それぞれが自分の好みで決めればいい話であって、誰かに褒められたり咎められるようなものじゃない。

 

 

 

床下が高校3年の時、担任の先生によく言われていた言葉があった。

 

 

「勉強は理解してから先に進みなさい」だ。

 

 

だが、床下にとってこれほど理解の及ばない言葉はなかった。

 

何故なら床下にとって「理解」というのは、暗記と反復を経て後から付いてくるものだったからだ。

 

夢にも見るぐらいの量の問題を解いて覚え

脳より先に手が動いて問題を解く感覚が好きだったし

後から追いついてくる「理解」がまるで世紀の大発見をした偉人の閃きの時のような感覚があってたまらなかった。

その時の脳内はBase Ball Bearの曲の歌詞で例えるなら「The Cut -feat. RHYMESTAR-」のサビだった。

 

Just cut!

そう、君の目で見つめな全てを

そう、君の目で見出しな全てを

Let's cut! Up! Chop! Rip! Slice!

この世界の正体は僕らのEyes

 

この世界の「真理」なんて自分の主観で定義づけてしまえばいいし、自分の目に映ったもの思ったものこそが真実であり、誰かや何かに評価される必要はない。高校の頃の床下は本気でそう思っていた。

 

 

何より床下はサボりぐせが付いていたため、効率的に勉強する必要があったし、その勉強法を信じて貫いたからこそ今の大学に現役合格できたのだろうと心底思う。

 

 

 

確かに担任の先生の言う「理解が先に来る勉強」というのは、今思えば正しい勉強のあり方だと思う。

 

「問題を解くこと」などなく、「理論を基に現象を考察する」ことが最優先される大学の研究では、どれだけ学問を理解しているかがものを言うのだから。

 

だがそれはあくまで大学以上の話であって、大学に受かるだけの勉強なら「理解が先か解けることが先か」など大した問題では無かったのだ。

 

 

 

ではここで、床下が愛読する漫画「HUNTER×HUNTER」で最も感銘を受けた言葉を引用しようと思う。

 

オレはいつも現在オレが必要としてるものを追ってる。

実はその先にある「本当に欲しいもの」なんてどうでもいいくらいにな。

ネットで知り合って、オフ会で意気投合したそいつらは皆オレより年上で、普通の会社員や院生やフリーターだったりした。

オレの素性と計画を打ち明けたら連中は、法人設立に関わる雑事を進んでこなし、なけなしの生活費から寄付までくれた。

念願かなって、王墓の中に足を踏み入れたとき、オレが一番嬉しかったのは、ずっと願ってた王墓の「真実」を目の当たりにした事じゃなく、一緒に中へ入った連中と顔を見合わせて握手した瞬間だった。

そいつらは今も無償で役員をしながら、オレに生きた情報をくれる。

この連中と比べたら、王墓の「真実」はただのおまけさ。

 

大切なものは、欲しいものより先に来た。

 

今自分が順序的に最優先しようと思っているものなど、実際に最優先すべきものかなど誰にも分からないのだ。

だから高校の時の床下のように、「自分が信じる世界が全てだ!」と思ってしまったっていいし、自らの足で世界を広げにいったっていい。ど

の道「結論」や「真実」や「愛」は来るべき時にやってきて、去るべき時に去っていくものだから。

人間ごときが順番や順序を決められるほど、世界は単純にできていない。

 

だから床下はこれからも

朝ごはんはおかずを第一に考えて食卓をイメージするし

ニワトリが先だと信じて疑わないし

原作を読んでから映画を観るし

サイドブレーキを外してからギアを入れるし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休みの宿題は絶っっっっっっっっっっっ対に出さない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!