5.好きな食べ物は?
A.青椒肉絲
床下は、一目惚れ、とか運命、という言葉に基本的に不信感が強い性分だ。
この世の中は一目惚れや運命という言葉でくくれる程夢に満ちてなどいないし、一目惚れなど一種の幻覚であってそんな一時のこみ上げる感情に身を任せるべきではない、とそう思う。
しかし、これに関して、つまり青椒肉絲に関しては、恐らくそういったものを感じていると言わざるを得ない。
何故か。
説明できないからだ。
一目惚れをした人間に「どこにそんなに惚れたのか」と問うたところで
「いや、まあ、その、なんつーか、良いなって…」
こんなもんである。
床下の愛するBase Ball BearのVo.である小出さんがアーティストの岡村靖幸さんと組んで歌った「愛はおしゃれじゃない」岡村靖幸 w 小出祐介「愛はおしゃれじゃない」 - YouTubeという曲もこう歌っている。
愛ってやつは 切実でさ 伝えたいのは
「あのさ…あのそのつまり…」
そうなんだよ、本当の愛とか、好きだという気持ちは、切実すぎてうまく言葉にできないものなんだ。
それと同じで、何が好きなのか、いつ好きになったのか、何故好きなのか、そんな青椒肉絲に関する5Wに則した質問に対して、明確な答えを用意することができない。
青椒肉絲が好きな理由を事細かに書き連ねることなど出来はしない。
だから就活の際も「好きな食べ物は青椒肉絲です!」という言葉は言わないように心がけた(そもそも聞かれなかったが)。
しかし床下は、一目惚れや運命という言葉で括られる「何か」を青椒肉絲ぐらいしか感じない人間というわけではない。
人生で一度や二度は異性に対して一目惚れのような感情を抱いたことはあるし、全く用途は分からないがそのデザインにひどく惹かれてしまい購入してしまった商品もある。
そんな時は決まって
「運命…ってやつかな…」
などとドラマの主人公にでもなったつもりで呟いてみたり
「これが人の夢!人の望み!人の業!」
と趣味の悪い仮面を被った金髪の関俊彦が自分の中に現れたりした。
だが床下は、そこで思考を停止させようとは微塵も思わない。先述したように、一目惚れや運命という陳腐な言葉で自分の青椒肉絲に対する思いを片付けたくなどないから。別に青椒肉絲に限ったことではなくて、理由もなく好きだと感じてしまうものは、何が何でも理由を突き止めてやるという気持ちでいる。
一目惚れや運命というものは、動物が感じる一種の本能のようなものだ。床下がもし人間以外の動物であったのなら、その感情に身を任せるのも悪くないと思う、というかそんな思いに至るまでもなく行動に移っているはずだ。
しかし我々人間は違う。言語を手に入れ、理性を磨き、文明を築いてきた。だからこそ床下は、「何か」を突き止めることは人間に課せられた使命だと思っている。
これは傲慢や他の動物への差別ではなくて、人間として生まれた者の運命だ(いや、この場合の運命は目を瞑ってくれ)。
ということで、今回は床下が青椒肉絲を好きな理由を5Wに則した質問に答えながら突き止めていきたいと思う。
「何が好きなのか」
分からん。これが最も根元の質問ではないか。出題者は質問順序をもう少し考えて欲しい。食材という点で見れば全て好きだ。牛肉は嫌いな人間の方が珍しいし、ピーマンやパプリカは野菜類の中でも一二を争うぐらい愛が深いし、タケノコはまあ普通だ。確かによく見れば自分の好きなものばかりだが、床下は基本的に何でも食べる人間なので、これだけで青椒肉絲に運命的な感情を抱くのは無理がある。
「いつ好きになったのか」
分からん。これが分かることはかなり解明の糸口になり得る。初めて好きになった時のことを思い出せば、何かが分かるかもしれないからだ。だが全く思い出せない。ジェイソン・ボーン並に思い出せない。小学校低学年の給食で青椒肉絲が出た時、いの一番におかわりに向かったという記憶はあることから、少なくとも0〜8歳くらいまでの間に好きになったようだ。
「どこで好きになったのか」
分からん。一つ前の質問と同じだ。分かれば苦労はしない。
「どれが好きか」
これはよく分からない質問のようで床下にはよく分かる。中華料理屋で必ず青椒肉絲を頼んでいると分かるのだが、大別して2種類の青椒肉絲が存在する。肉に片栗粉をまぶして半ば揚げ焼きしたものに野菜類を合わせオイスターソースをかけたものと、片栗粉はまぶさずオイスターソースも使わず単純な塩胡椒で味付けしたものだ。床下はどちらかと言えば前者が好みだ。この知見は収穫かもしれない。
「何故好きなのか」
本質だ…。本質の質問が来た…。ということでここまでで得た情報を総括しようと思う。
・どの食材もまあ好き
・0〜8歳くらいから好き
・オイスターソース派の方が好き
なんだこれは…ポンコツか?
何も分かっていないのと変わらないじゃないか。そもそも5Wに則す必要は1ミリも無かった。
だがこうして感情に任せて記事を書いている中で、何となく理由が見えてきた気がする。
恐らくだが、青椒肉絲が青椒肉絲であることが好きな理由なのだ。
待ってくれ、記事を閉じるのは止めてくれ、ここから詳細な説明に入るから。
青椒肉絲は肉・ピーマン・パプリカ・タケノコを細切りにして塩胡椒で炒め場合によってはオイスターソースを入れる料理だ。
恐らくこの工程のどれか一つでも抜ければ床下はその料理を青椒肉絲とは認めないだろう。
食材が全て入っていたとしても、それが細切りではなくぶつ切りだったら
「こんなのは青椒肉絲じゃねえ!」
と批判してしまうと思う(食うけど)。
食材の味・香り・細切りにすることで生まれる食感のコントラスト・肉やオイスターソースによる旨味、この全てが合わさってこそ青椒肉絲であり、その青椒肉絲こそ床下の愛する青椒肉絲なのだ。
床下の好きなドラマに、木村拓哉主演の「エンジン」というものがある(あらすじは以下Wikipediaから引用)。
神崎次郎(木村拓哉)は世界的にも有名なレーシングドライバー。フォーミュラカーを運転し、チーム側からも絶大な信頼を得ていたが、外国人のチームメイトとのトラブルで契約を切られ、年齢的な問題もありやむなく日本へ帰国。
次郎はとりあえず次の居場所を見つけるため、以前家出をした実家へ一時居候。しかし本人の知らぬ間に父と姉は実家を利用して児童養護施設を経営していた。そこには家庭環境不良・虐待などで家族と暮らせず心に傷を負った子供たちと、その子供たちの世話をしている理想主義の保育士・朋美(小雪)、現実的な指導員・鳥居(堺雅人)らが待っていた。
子供の大嫌いな、大きな子供・次郎と、身寄りを失った子供たちとのふれあいが始まる。そして、次郎は再びサーキットに戻っていくことができるのか…?
このドラマの中に、次郎が子供達に車がどうやって走るのかを説明するシーンがある。次郎はレーサーということもあって事細かに用語を使いながら説明するが、勿論子供達は理解できない。そこで次郎は子供達それぞれの頭に手を置いてこう言う。
「要するに、ピストン君とか、プラグちゃんとか、シャフト君がバラバラだとタイヤ君が動かねえってこと!」
いやもう本当その通りですね。
その闘莉王だね(その通りの最上級)。
青椒肉絲も一緒で、お肉ちゃんとタケノコ君とピーマン先輩がバラバラだと青椒肉絲にはなり得ないということなんですよね。
つまり床下は料理に関してはステレオタイプが好きな古い人間ということだ。
ところでピーマン先輩は絶対スタイルの良い美人な女の先輩だと思いませんか?その上細切りにされてるって、セクシーすぎるよな。
ということで今回は何が言いたかったかと言うと、我々人類は支え合って生きていこうじゃないかということなんですね。
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