仮説トイレ

わかられた…

きょうびネット環境があれば世の中の大体にアクセスできる体験できる少なくともそんな気分になれるので富や名声を得る等の意味、薄れてしまった 現代

 

山田です。

俺に航空無線を教えてくれた87歳のお爺さん(自宅に不認可の散弾銃がありガサ入れに怯えている)が航空学校にいたころの思い出話をブログに上げてて、それがなかなかに面白かったので、飛行機じゃないですけど自動車教習所に通ってた頃のことを書こうと思います。


免許を取って1年とちょっと経ちます。


教習所と言えば、教官が怖かった、路上教習で後ろからクラクションを鳴らされた、路上教習で気付いたら山奥の不気味な集落に来てて能面を被った村人達に取り囲まれていた、よく見ると教官がでかめのニワトリでバックミラーに映る後続車のライトをエサと間違えて一心不乱につついていた、よく見ると教官が猫でスピードメーターの針が左右に振れる度に一生懸命捕まえようとしており運転に集中できなかった、気付いたら結婚しててマイケルという名前の義理の息子が10人出来てた、など、教習所に嫌な思い出がある人は結構多いんじゃないかと思うんですが、俺はゴーカートを運転しに遊園地に行くぐらいの感覚で通っていたのでそれなりに楽しく、大学の授業をサボって自動車学校の教習を優先するぐらい教習所に精力的に通っていました(教官に「単位は大丈夫なんか…?」と逆に心配された)。

 

とは言っても教習では苦手な項目がたくさんあって、例えば縦列駐車は最後まで上手く出来なくて卒業検定の時は一度やり直したし、通常車線から追い越し車線への車線変更とかも、教官が「今だ!!山田くん、シャセンヘンコウ!!!」って言ってるのに後ろから来てる車にビビって全然シャセンヘンコウを繰り出せない最悪なポケモンだったし俺は、あとその頃グランド・セフト・オートっていうアメリカのロサンゼルスで大暴れするみたいな内容の洋ゲーにハマっててゲーム内では右車線を走ってるので、その癖で教習所の周回コースで反対車線に入りかけたこともあり、まあ、そういうことです。ジジイになったら高速道路逆走する前に免許返納しますね僕は。

 

そんな感じで苦手な物がめっちゃあって路上教習はいつも緊張してたんですけど、その中でもとりわけ苦手だったのが信号でした。

 

俺にとって、信号の色が急に変わるのはほんとに意味解らなくて頭おかしくて、もっとやんわりと移り変わってゆけ四季のようにと思ってて、今でも、運転してて微妙なタイミングで信号が青から黄色に変わったらは!!!!!!!????????ってなりますし突っ切るかどうか迷った挙げ句そのまま止まるみたいな事をたまにするんですが、後続車は甚だ迷惑だと思うし車間距離詰まってたらマジでいつか追突されるかも知れないのでやめたいなと思う。
特に歩行者用信号が無い交差点とかはさらにタイミングが予測しにくい分マジでヤバくて難易度ベリーハードで、ちょっとでも気を抜くと絶対に信号が変わった時に死ぬし、本当に死ぬし、道路って俺からしたらマジの戦場なんだよな。

 

そんな訳で路上教習でもつねづね信号は頭おかしくヤバいと思ってて苦手意識を感じていたのですが、卒業検定で信号関連のミスで本当に落とされてしまい、信号が苦手だとは言いつつもまさか検定で落とされるとは思っていなかったのでめっちゃ落ち込みました。

 

しかも不合格理由に信号判断不良って書かれて、不良ってなんだ。俺は今までまっとうに生きてきたつもりだし。良だろ。不良って言うんだったら高速道路の教習で帰り道の運転を担当した上下赤ジャージ金髪の少年。右左折の仕方その他諸々がめっちゃ適当で、教官に「君、交通規則ちゃんと解ってる?二輪の免許取ったとき試験受けてるでしょ?」って聞かれて「いや、二輪の免許取ったの二年前だし全部忘れたわそんなん」ってキレ気味に答えて教官に怒られ、教習終わってから完全にふてくされた感じでヘルメットもせず原付にまたがってスラロームしながら細い路地をかっ飛ばして帰って行ったあの少年の方が言動的にも見てくれ的にもマジの意味でよっぽど不良なのに。と、この世の理不尽に打ちひしがれ、もう一度卒検を受けるための補修の予約を済ませ家に帰るも悶々とし、「免許とかどうでもいいし車とかもう俺には必要ない」「ガソリンとかエンジンの力に頼るやつは非力 アマゾンとかサバンナではそういうやつは真っ先に死んでいくから」「俺は身体を鍛えて自力で時速60km出す」「せめて時速60km出せないとサバンナで生きていくのは難しい」などと腐り、人の心を忘れアフリカの大地を駆けるマジの獣になる一歩手前までいったりしてました。次検定で落とされたら助手席の教官を車から蹴り出してそのまま車でハワイまで行こう等と考えていたのですが、毎日YouTubeヒヤリハット・事故動画集や交通警察密着24時を見まくった結果、なんとか次の検定で合格することが出来ました。この時の後遺症で俺は警察密着24時がめっちゃ好きになってしまうのですが。

 

検定終了後、合格者は全員教室に集められ今後の流れについて説明を受けるんですが、その時初めて教習所に来るのはその日で最後なんだと知りました。確かに卒業検定って言うぐらいだからその教習所は卒業な訳で、本来ならもう来なくても良いんだヤッターーーーって感じなんですが、それでも毎日教習所に通いまくっていた俺にとって良く喋るおっさんおばさんと一緒に街に繰り出すのはもはや日常の一部で、また教官に助手席に座ってもらって運転したかったしそれがもう出来なくなるのが嫌かなしいあと5000回くらい補習受けたいでも卒業検定合格したのは嬉しい、みたいな、もう色んな感情がごちゃまぜになって今まで卒業式みたいな催しでは一度も泣いたことなかったのに教習所の卒業で何故か俺は泣いてしまい、しかも説明の最後に政府広報の啓発ビデオをいくつか見せられるんですがその中に一つめっちゃ感動誘ってくる作品があって(https://m.youtube.com/watch?v=uDyJOq-nUTI)完全に涙腺が崩壊、号泣しながら教習所を出て全力でチャリを漕いで家まで帰りました。

 

家に帰るもエモさなかなか収まらず、仕方ないので仕事から帰ってきた親父を助手席に乗せ仮免許練習中のプレートをつけて家の車を運転したんですが車庫入れの際に思いっきり左側のドアをこすり、やはり車は俺には必要ない、身体を鍛えて自力で時速60キロ出した方がどう考えてもエコだし最強、等と思ったのでした。