仮説トイレ

わかられた…

ほうじ茶の香りが際立つ季節

じんわりとお尻を温めてくれる便座はまるで愛の女神アフロディーテのその両の手のひらのよう。優しくお尻を包み込み、その無限の愛で心まで温かくなるようです。ありがとうTOTO

そんな便座があったかい季節、秋がにじり寄ってきましたね。

 

秋は落ち着きがある季節なので僕は大好きです。そもそも暑いのが嫌いっていうのもあるんですがね。

ところで夏は海水浴だのナイトプールだのBBQだのキャンプだの肝試しだので騒いでた人たちが、秋になるとパッタリとなりを潜めるのはなんなんでしょうね。

BBQとかキャンプとかは絶対秋の方が心地よくできると思うのですが夏にやりたがるのはなぜなのでしょう。

夏の暑さは人間をバカにさせるのでしょうか。

僕は夏のそういうところも嫌いですね。

 

僕は暑いことと外国語を学ぶことと紅ショウガがこの世で一番嫌いなのでこれらはできるだけ避けて生きています。

でも夏の暑さと縁日で買う焼きそばの端っこに鎮座する紅ショウガだけはどうにも避けられないのでそこは泣く泣く我慢するしかありません。

今思えばどっちも夏にしか起こらない現象ですね。夏はやはりクソだな。

 

その点、秋は食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋、となんとのどかなことでしょう。

「秋ってご飯が美味しいよね〜」「わかる〜」「太っちゃう〜マジヤバ〜い」「マジわかる〜でも美味しいから食べちゃう〜」「ウケる〜」なーんて生きる上で何の意味もなさそうな会話が聞こえてくるようです。

読書の秋、スポーツの秋もどこか爽やかな雰囲気が漂ってていいですね。最高です。

 

秋といえば別れの季節、寂しさが寄り添ってくる季節なんてイメージもありますね。

これもなんなんでしょうね。寒いことと寂しいことは似ているのでしょうか。

夏に騒いでいた人たちはきっと、今ぐらいの時期からクリスマス用の恋人をハントするためにエンジンを温めているのでしょう。

底知れぬアクティブさに畏敬の念さえ抱きます。

 

まあでも寒いと寂しいっていう感覚はわかります。

多分これらは似た感覚なんですね。天城越えの歌詞の中にも「嘘でも抱かれりゃ温かい」なんてフレーズもあります。

誰かが寄り添ってくれるだけで温かくなって寂しさも紛れるってことですね。

寂しければ嘘でも抱かれりゃいいんです。

相手が嘘でも自分が嘘でもいいんです。

 

そんなこと言われてもそんないい感じの人なんていない!

嘘をついてまで寂しさを紛らしたくもない!

なんて人も多いでしょう。

 

そういう人はどうするか。

その答えは冒頭に書いています。

 

 

 

温かい便座があるじゃない。

 

お後がよろしいようで。

 

 

アインシュタインの人