仮説トイレ

わかられた…

早く結婚したい人

ブログといえば、デコログやpeps!を思い浮かべる世代を生きてきました。モリオカです。

日記とリアルタイムとアルバムとリンク…
いわゆる個人のホームページが当時は流行りました。

アクセス数がカウントされ、キリ番を踏めばブログ主に報告するという謎ルール。当時は好きな人のブログのキリ番を獲得する為に時間を割いたり、カップル共同のホームページが存在して消えれば別れたのかと察したり、携帯の個別認識番号のログが残るのでそれだけで「あの人が見に来てくれてるかなあ」と一喜一憂。ブログを読んだ人が自分のログを残す「yonda!」リストから、別の人のブログを転々と枝分かれするかのようにブログサーフィン。あぁ、あの人とあの人は仲がいいのか…あの人がこの人にyonda!してるのは好意の表れかな…あの人はあのグループに所属しているのか…と人間関係を観察して分析。

それだけではない。並行してモバゲーやmixiアメブロ、SnapchatにFacebookTwitterInstagramSNSには流行りもあり、無限に留まらない。

モリオカには人間の友好関係には必ずうつりがわりするという考えがあります。

中高一貫校で育ったモリオカは学んだのです。毎年クラス替えをする度に女子は群れを作りグループ名を考え、違うグループの人と仲良くしようものならグループ内で反感を買います。これを毎年リセットしては繰り返す。理不尽な世界。それであってカップルであれグループ共同ブログなんて作ろうとあらば、いつか終わりがあるに決まってる。かつてみんなで口を揃えて言っていた「ズッ友」はもう疎遠となった。

そんなインターネットにさえ移り替わりのある時代、“このブログ”を“この10人”でいつまで続けられるだろうか…

高校生自分、当時のブログをいつ頃までやってたかな…とデコログでモリオカがつけてそうなIDを入力するとページが存在していました。いま冷や汗を感じています。しかも2012年5月まで更新してるから驚いた。身内ネタで盛り上がるお年頃。

こういうこともあり、ブログ=黒歴史という考えが根付いてしまっている。それは自称ネットのプロであるモリオカは小学五年生の頃からあらゆるネット時代を経てきたからかな。

文章を書いても、残ると未来の自分が恥じるのを知っている。Twitterでも「これを未来の自分が見ても恥じないか 」と無意識にも自問自答してツイートをする癖がついた。もうなにもつぶやけない。

だけど、見返すことが楽しいことも知っている。未来の自分は「あの頃は若かった」と振り返ることも知っている。結局のところいつの時代を生きていても、今が一番若く、今が一番楽しいと思うでしょう。

さて、朝起きるとグループブログというようなものを作られ、事後報告にもメンバー入りされており、さらにはメンバー紹介で「早く結婚したい人」という紹介をされる雑さ。



もう既に未来の自分へ出す顔がない。